
それはまだ日本にフランスパンを食べたことのある人が数えるほどしかいなかった頃の話。蒸しパンやあんパンがごちそうだった頃の話です。
「日本にもフランスパンを広めよう」という、ある製粉会社の招きで、師匠であるレイモンド・カル・ヴェル氏らと共に、ウイヨー・アンドレは初めて日本に訪れました。
「本場のフランスパンの製法を、フランス人の手を借りて日本中に広めたい」その一途な願いに応えるように、一行は福岡を皮切りに、大阪や四国、千葉と北上し、北海道へもパンの紹介と指導に向かいました。
細長くてパリパリの皮に包まれた白いパン、今ではフランスパンの代名詞ともなったバケットですが、当時の日本人は驚きと憧れのまなざしで見つめていました。そして、思い思いにバケットを買い求めて行ったと聞きます。
フランス人パン職人による指導により、のちに日本のあちこちでフランスパンが焼かれるようになりました。
指導期間を終えたウイヨー・アンドレは、日本での数々のドラマを胸に、フランス本土へ帰国。福岡に店を出すことを決意して日本を再訪したのは、それから数年後のこと。
オープン日を7月15日としたのは、「本場のおいしいフランスパンを日本の人たちに食べてもらいたい」との想いを抱いて、初めて日本にやって来た日のことを忘れないためでもありました。 |